札幌ハートセンター

札幌ハートセンター

2015年3月28日土曜日

4月から8年目。

早いものです。開業してから8年目に突入です。
光陰矢の如しといいますが、僕はそのように感じていますが、多くの人は、この札幌ハートセンターが以前からあったかのごとく、感じているのではないでしょうか?
8年前と大きく自分の立ち位置が変わりました。それは偉そうにしていても、所詮雇われ医であり、経営者の考えが変われば、吹き飛ぶような存在です。その状況から、借金をし、自己責任で理事長として、経営する身になりました。自分にとって、それはとても心身ともに成長させてくれた経験だと思っています。一つは、人に感謝ができるようになったこと。すべての事象は、自分一人でなんとかできているようで、ほとんど誰かのサポートで成り立っています。そのサポートしてくれる人への心からの感謝をすることができるようになりました。また、理事長というポジションは、偉そうにしている場所ではなく、いろんな人に頭をさげるポジションです。ただ、場面場面での意思決定は自分で判断します。それは、なにが起きようが、最終的には自分に責任が及ぶからです。その時に、人のせいにすることなく、後悔しないようにするためにそれがあってようが、間違っていようば、自分の決定で、ものごとは決めていきます。
10年目まで、あと2年です。そこが一つの自分のターニングポイントだと思っています。次の進歩をしなければいけません。現状維持は人生を楽しめません。

ここまでサポートしてくれたすべての人に感謝です。

2015年3月25日水曜日

なぜ、ブログしているのか?

病院のことの発信、札幌ハートセンターを知ってもらうため。ドクターに対するアピールなど。
そして、僕には届かない意見を聞く場所としています。

辛辣な言葉による投稿をみるのは、心が痛みます。それでも、それが自分の糧となり、自分や札幌ハートセンターをよりよくできるものだと信じています。

遠慮なく、ご意見をお願いします。

2015年3月16日月曜日

週間朝日2015

2013年のデータでの、ランキング本の老舗のデータがでました。

心臓カテーテル治療件数は、ついに全国2位になりました。

油断せず、しっかりとやっていきたいとおもいます。

2015年3月14日土曜日

CTOで大阪に。

一例目 40代 LCXのCTOレトロチャンネルはありますが、epicardはすべて通過せず、アンテからGAIAでintimal trackingも通過せず、クルパラも通過せず、解離が大きくなったので、IVUSガイドでintimalを取り直し、コンクエストでintimalを取り直しそこからコルセアかぶせてからワイヤーをGAIA1に交換して菅野抜きでdistal に通過した。

やはり、GAIAは、intimal trackingするのに最適はGWです。レトロができないときは、最期は、IVUSガイドですね。

2例目 50台 LADCTO CTOの距離は短いが心機能がわるく、末梢の血管が細いために治療時間を短くするためにretroファーストで、レトロチャンネルはsionが簡単に通過してレトロからアンテのwireを目安に、KWで通過してガイドライナーにいれてエクスタナリゼーションで、完了。
3例目 40代 RCA CTO これは難しかったです。アンテからは#3のCTOの走行が不明。とても アンテからワイヤーを操作できるイメージがなかった症例です。そしてCTOのdistal側は、#4の分岐部での閉塞のパターンです。このタイプは、レトロからワイヤーいれても#3に自動的にGWが通過しなければ、とても難しくなります。
アンテからは、通過は困難なので、最初からレトロでsepから通過したが、コルセアがチャンネルを通過せず、カラベルが通過した。しかし、#4から#3へのスタンプがないために、GAIAが入らず、コンクエストで穴をあけてからGAIA2でのナックルを開始も病変部が硬くなかなか通過せず、しかしナックルをすすめるとあきらかにアンテとずれる。IVUSでも確認したが、レトロのワイヤーやアンテから途中ででる枝はない。血管外の可能があると判断して、アンテから#3が走行不明のためにXTRでのナックルで#4付近まで進めて、IVUSでレトロのワイヤーを確認したが、やはり見えないために、最初にレトロが入ったところは血管外と判断してワイヤーを残して、造影をしたところパーフォレーションしていたために、コイルをつめてから止血、その後にアンテのナックルに向かってコンクエストでペネトレーションを測り、その後はXTRナックルでIVUSでレトロのワイヤーはintimalであることがわかり、ちょうどアンテとレトロがくっつくところをreverse cARTしてからガイドライナーCARTでワイヤを逆行せいに通過させて、あとはIVUSで#4の分岐部が無事であることを確認し、ワイヤーを #4AVにもいれて、KBT後に#1から#4までステントをいれて終了した。#4の分岐部のCTOは通常のワイヤーが入らないときには、コンクで穴をあけるがそこからナックルではいっても、今回のように血管外ということがあるので走行が不明のときは、今回のようにアンテとレトロのナックルによる走行の担保が重要だと思います。

2015年3月12日木曜日

患者さんは、断らない。

救急車は絶対に断らない。
他院からの依頼も絶対に断らない。

時間が許せば、当院のモービルCCUで患者さんのお迎えにあがる。

これをずーとやってきています。

ベットが満床だから診れません。いま急患が入っているから診れません。などなどは絶対に言いません。
ドクターは、沢山います。総力を上げればなんとかなります。

24時間、当院の患者さんは当然としてそれ以外の患者さんに対しても、対応する。

これが当院の方針です。

当たり前なんですけどね。

2015年3月1日日曜日

カテーテルアブレーション。

鵜野先生の名前は、僕が大阪から帰ってきてから、大阪の先生方に鵜野という元気なやつがいるという話を聞いたことがありました。その後地方会で名前を聞く感じでしたが、会うことがありませんでした。
鵜野先生が心房細動のカテーテルアブレーションのメッカである土浦共同病院に大学を辞めていくというときに、始めたお会いしました
将来は北海道に戻ってきたいし、それまでカテーテル治療の足がかりとして以前の職場でアブレーションをさせてほしいということでした。

当時は、いまよりも心房細動に対するカテーテルアブレーションは、認知されておらず、僕もよくわかりませんでした。その後月に一度来てもらいカテーテルアブレーションをしてもらう内に、劇的に患者さんが治る姿をみて、この治療の将来性を感じました。
それから僕が開業するのですが、鵜野先生もこちらでアブレーションをしたいということで移ってきました。
しばらくは、非常勤で外来とカテーテル治療をしてもらっていましたが、道井先生と一緒に札幌ハートセンターをつくることがわかって、当院の将来性にかけて北海道に戻ってくることになりました。

鵜野先生の凄さ
1)カテーテル操作が上手なので、焼きが的確であり、無駄がすくないので、アブレーション時間がとても、短くすみます。
2)いまだ技術革新が起きているこの分野で、しっかりとオピニオンリーダーとなっている。
3)宮本先生含めてリズムセンターをしっかり構築する組織力

などなどです。

鵜野先生がいなければ北海道のアブレーションがいまだ遅れていたような気がしています。

ただ、これはどの世界でもそうですが、それに反対する意見も沢山あることも事実です。我々は、一生懸命患者第一で、検査治療をして、患者さんから評価されるように頑張っていきたいとおもいます。